泥の日も、涙の日も。 / Beyond the Mud
最近、久しぶりに学生時代に買った芥川龍之介の本を読み返しました。
本棚の奥に眠っていた一冊で、当時は深く考えずに読んでいたのですが、昨夜あらためて短編《白》を読み直してみたら、胸にずしんと響くものがあったんです。
《白》は、白という名前の小さな犬のおはなしです。
白はある日、友だちの黒が“犬殺し”に連れ去られてしまう瞬間に出くわします。怖くて逃げてしまい、自分を責めながら家へ戻った白ですが、泥だらけの姿になってしまったせいで、家族に気づいてもらえません。
白が必死に尾を振って家に入ろうとすると、小主人は白の姿を見て驚きます。
「どこの野良だ?」
「こっちへ来るな、危ない!」
白は「僕だよ、僕は白だよ」と言うように吠えます。けれどその声は伝わらず、小主人は恐怖に駆られて石を投げつけます。家に入れてもらえず、追い出されてしまうのです。
ただ姿が変わってしまっただけで、いちばん帰りたかった場所から拒まれてしまう。その場面は、読んでいて胸が締めつけられました。
けれど、物語はここで終わりません。
白はそのあと、雨の町をさまよいながら、困っている小犬を助けたり、人にやさしくしたりしながら、少しずつ「勇気」というものを学んでいきます。
そして最後、全身ボロボロになった姿で、再び家へ。
今度は、小主人がまっ先に白を見つけて叫びます。
「白だ!白が帰ってきた!」
白がその瞳を見上げたとき、そこに映っていたのは泥まみれの犬ではなく、ずっと大切にされてきた“本来の白”でした。
――――――――
その瞬間、私は思いました。
成長したのは白だけではない。
小主人もまた、一緒に成長していたのだと。
👶💛 子育ても、同じではないでしょうか。
子どもは毎日、新しい経験の中で少しずつ成長していきます。失敗を重ねながら勇気を学び、ときには傷つき、ときには迷いながら前に進んでいきます。
でも、それを見守る大人もまた、同じように静かに育っているのではないでしょうか。
泣いて帰ってくる日もあります。
うまくいかなくて荒れてしまう日もあります。
いつもの姿とは違う、疲れきった顔で帰ってくる日もあります。
外から見える姿だけでは、子どもの「ほんとうの顔」が見えなくなることがあります。
けれど親だけは、その子の本来の姿を見つけられる人でありたい。
白の小主人が最後に白を「白」として見つけたように。
🌧️🐩《白》が教えてくれること
子どもは失敗しながら勇気を学びます。そして大人は、外見や一時的な状態ではなく、その奥にある心の本質を見つめる力を育てられていきます。
泥だらけでも、泣いていても、家はいつでも帰れる場所であること。その安心があるからこそ、子どもはまた一歩前へ進むことができるのだと思います。
白が最後に見上げた小主人の瞳の中には、泥でも傷でもなく、「あなたはあなたのままで大切なんだよ」というまなざしが映っていました。
それはまるで、子どもが「ただいま」と帰ってきたときに、親がふっと見せる安心の表情のようです。
🐩🐩🐩
子育ては、うまくいく日ばかりではありません。泥だらけの日も、涙の帰り道も、失敗して落ち込む夜もあります。
でもその全部が、親子が一緒に育っていく大切なプロセス。
白の物語のように——
「今日は泥だらけでも、ちゃんと帰ってきたね。」
そうやって迎えてあげられることが、子どもにとっていちばんの安心なのだと思います。
文責:院長妻まり(翻訳者・児童文学研究)
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Beyond the Mud
This reflection is inspired by Ryunosuke Akutagawa’s short story “Shiro” (White).
The story follows a small white dog named Shiro who, after a frightening encounter, returns home covered in mud and blood. Because his appearance has changed, he is not recognized by his young owner and is driven away. Rejected from the very place he longs to return to, Shiro wanders through the rain, gradually learning courage by helping others.
When he finally returns home again—exhausted and battered—his owner recognizes him. Not by his outward appearance, but by who he truly is.
In that moment, it becomes clear that growth did not belong to Shiro alone. The young owner had also grown—learning to see beyond fear, beyond appearance, and to recognize the true being he loved.
The story gently reminds us that parenting works the same way. Children grow through mistakes, tears, and messy days. But parents grow as well—learning to look past temporary behaviors and emotional storms to see the child’s true self.
Even on muddy days.
Even on tearful days.
Every child needs a place where they can come back and be welcomed just as they are.
